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コラム「棲む楽しみ」

人生たまにはいいこともある

2012年2月3日掲載

中日新聞会長記事1.28

私は小さい時から絵が好きでした。勉強は嫌いだから絵だけは一日中でも描いていました。

20才の時、おやじが急逝して否応無しに事業を継承をして、青春時代も事業優先でやってきました。しかし、いつも絵を本格的にやりたいと思いを抱いていました。

そして60の手習いで油絵を始めましたが、仲々やっているときが無く4年ほど前から本格的に始めました。此度、絵を描いている人であれば誰でも入賞を夢見ている信州梓川展に出品したところはからずも最高賞である「梓川賞」を頂きました。大変光栄な事です。私は信州の春の芽吹きの頃が一番好きで寒い冬を耐えた木々が一斉に葉を開き花を咲かす姿は人間に何かを教えていると思うのです。その姿と手前に梓川の狭くなり淀んで流れている所を描いてみました。

2月17日~3月11日松本市梓川アカデミア館で展示されますので是非覗いてみて下さい。これからも絵の方は続けていきたいと考えております。寒い日が続いておりますがご自愛下さい。

尚、上の新聞記事は1/28(土)中日新聞にのった記事です。

大寒の白馬を撮る

2012年1月27日掲載

松本地方から北の白馬の方を見ると爺ヶ岳、そして鹿島槍ヶ岳、五龍岳が

一際存在感を示してそそりたって見える。しかし年間を通じてこれ等の山が

スッキリ見える日は限られている。

天気予測を見てから白馬に向かうのであるが太陽が出なかったり、雲がかかったり

して引き返す時もある。

今年の大寒は松本地方は大雪となったが、その二日程前に白馬の青鬼(あおに)に行き

念願の五龍を中心に左に鹿島槍、右に唐松の写真を撮る事が出来た。

春には地域の人々の手によって耕作される棚田もひっそりと雪の中で冬眠をしていた。

厳しい寒さの中で民家に住み守っている人々に心より敬意を表したい。

いつまでも後世に残したい風景である。

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佳き年であれ

2011年12月29日掲載

いよいよ今年もあとわずかで終わろうとしています。

この年は3月11日に東日本大震災が発生し、多くの犠牲者と甚大な被害を受け本当に被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

また、日本人の恐れていた原発事故が起こり避難されている皆様はさぞ不自由な生活をされている事と思います。

政府もエネルギー政策を根本から転換せざるを得ない事態となり私どもの業界も省エネの義務化を前倒しで行われる事が予測されます。リフォームの断熱改修等にも補助金を出し促進が急がれてくると思います。

今年は震災、原発事故、欧州の債務危機など暗いニュースが多かったですが、H24年は干支は辰です。竜でも表します。

昇り竜という言葉がありますが、広辞苑によれば中国の黄河中流は急流でここに登った鯉は竜になるといわれ故事に由来しているとの事。

「登竜門」とは困難ではあるがそこを突破すれば立身出世できる関門の事を言いますが、私共も来年は震災後の処理と世界経済の停滞という大きな困難に向かう事が予想されますが、まさに鯉の心境となり、登り切って竜になれるよう頑張ろうではありませんか。

皆様にとって来年が良い年でありますように

                                                

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住まいと人生

2011年12月18日掲載

 

先日、私と同じ地域に住み、長い間親しくお付き合いをさせて頂いている、ご夫婦の住まいが完成をし引渡式に参加しました。最初の家も私共の会社でやらせていただき2度目の家です。

ご主人は何年か前に体がご不自由になったこともあり高齢者対応の家を望んでおられましたので設計に当たっては、廊下や出入口は広くとったり冬暖かく、夏涼しく、また、居間は天井を高くし開放感がある空間とし、椅子にかけていても遠くの山が眺められる様に配慮しました。12月上旬の引渡しで外気は寒くなってきましたが、家の中はとても快適です。

お二人から「建てて良かった」と嬉しい言葉を頂きました。私はご夫婦のこれからの人生の価値観は「いつまでもお二人が健康で楽しく暮らす事」ではないかとご推察します。

どうかお二人でいつまでもこの家で長生きして楽しい生活を続けていただく事を心より念ずる次第です。

 

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七・五・三について

2011年12月12日掲載

女房が孫が5才になったので七・五・三をやってくれるというので、おつき合いをし深志神社に参拝に行ってきました。

考えてみたら我が家の子供達にはこの種の祝事をやってやることが出来ませんでした。仕事に追われやれなかったというのが本音です。「馬子(まご)にも衣装」と言いますが、この意味は誰でも外面を飾れば立派に見えると言う事の様で私の孫も和服を着ると少し成長した様にみえます。

七・五・三の儀式は陰陽道(おんみょうどう)で万物を陰と陽に分けて考えた時、陽の方がめでたいとのこと(偶数が陰で、奇数は陽である)又、7才までが子供でそれを過ぎ11から17才には元服をする習わしがあった。(名前も幼名から大人の名前に変えた)したがい3才で帯解き、5~7才で袴着の祝いをする。

11月中旬に行うのが通例との事、千歳飴は長く伸びるといった縁起を担ぐ理由からとの事です。

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深志神社にて七・五・三参拝

波田『若(にゃく)澤寺(たくじ)』に思う

2011年12月3日掲載

先月、山形の史談会で松本市波田(旧東筑摩郡波田町)の若澤寺について現地で

研修を受けてきました。 若澤寺史跡保存会の百瀬さんの話によれば、若澤寺は伝承に

よれば奈良時代に行基によって開かれ、坂上田村麻呂(将軍)によって更に大きくされた。

中世は地元の豪族に守られ今の所に移り、戦国時代は武田氏や小笠原氏に保護を受けた。

江戸時代は信濃日光と呼ばれこの地域はおろか県内外からも参拝者が来て栄えたが、明治四年

に廃仏稀釈で取り壊されてしまったとのこと、建物や石塔の一部は波田や山形、今井などに

移され、今でも見る事が出来る。 それを確認するべく現地を視察して驚いた事は上波田の

集落からかなり山に登った所に絵図の様な本格的な寺院の跡地があった、この時代どのように

してあれだけのものを造ったのか大変興味が湧いた。山を欠いて造った11,000㎡の中の

建物は金堂、中堂、護摩堂、方丈、更に参拝者の為の僅かな施設まであったという。

それは伝説などというものではなく、この地に行けば現前として絵図にある石垣や建物の

基礎石がそのままの型で残っている。そしてその一番高い所に田村堂がある。 これは重要

文化財に指定され、今はまたくぐりの仁王様のある場所に移され地域の人達に守られている。

本当にロマン溢れる話である。

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寺全景絵図

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寺が建てられた土地の石垣

秋の御嶽山に遊ぶ

2011年11月18日掲載

10月の下旬、山形村の仲間の人達と木曽路で紅葉狩りをしました。王滝側登山口の車の終着点にある田ノ原公園まで行き御嶽山を間近で眺めてきました。

木材はヒラビソ、ツガ、モミ、トウヒでこのあたりからを過ぎ傾斜がきつくなるあたりから森林限界となっています。大変天気が良く、ここからは頂上がすぐそこに見えてすぐにでも登りたい衝動に駆られました。私もこの山へは高校3年の時学校登山で登った事があります。山を下ってきた登山客に聞いたところ、ここから登り4時間、下りは3~4時間の結構ハードな登山だったとのこと最も頂上は山小屋があるので泊ればそれほどハードではないのでは…。            

この山は活火山で北アルプスの南端に位置し頂上の剣ヶ峰は標高3067mあり、中央アルプス、北アルプスを見渡せ、登山ルートは長野県側は王滝三岳黒沢口、開田口各コースと岐阜は濁川コースがあり、富士山や白山に並ぶ山岳霊場で夏山シーズンは毎年全国から多くの白装束の信者が訪れ、桧で作った杖を持って「六根清浄」「お山は快晴」と歌いながら山頂を目指しています。

1979年(昭和54年)これまで死火山とされていたが突然噴火しその5年後の昭和59年9月14日王滝村を震源とするマグニチュード6.8の長野県西部地震が発生、8合目付近に発生した土石流が王滝川支流に莫大な土砂を押し出し死者行方不明29名の大惨事を引き起こしました。

私も来年は御嶽山に登りたいと考えております。

 

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                  田ノ原公園から頂上を望む

 

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                      地震で崩落した傷跡

玄関について考える

2011年11月7日掲載

日本の住宅は玄関で外部と内部をはっきり分けている

欧米の住宅は、外から靴を履いたまま家に入り、部屋に行く

広辞苑によれば玄関は玄妙な道に入る関門・禅寺の方丈に入る門とある。

俗界と仏界の境で仏法に入る入口(禅門に入る)とある本には書かれていた。

欧米の住宅は、ただ外から家に入る場所以外深い意味はないが、日本の

玄関の意味は靴を脱ぐ事により外・内との心のけじめをつける様に思う。

朝は元気に仕事や学校に向かえる事に感謝する場所であり、夕方又は夜は

今日一日健康で充実した一日を過ごせた事に感謝する場所である。

家から外に向かう時「敷居をまたげば7人の敵あり」というのは、玄関を

一歩出たら緊張して事に当れと言う事である。

外から帰った時は心の緊張感を取る場所でもある。

靴を脱いだり、履いたりする事は他にも大切な要素がある。

玄関は人を教育する場でもある。長野市の円福寺の藤本幸邦老師(故人)

は履物をそろえる運動を提唱されました。

 

はきものをそろえる

はきものをそろえると心もそろう

心がそろうと はきものもそろう

ぬぐときに そろえておくと

はくときに 心がみだれない

だれかが みだしておいたら

だまって そろえてあげよう

そうすれば きっと世界中の

人の心もそろうでしょう

 

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寒露のころ

2011年10月18日掲載

 

10月8日頃は二十四節気の「寒露」である。

晩秋から初冬の間の露が霜になることをいうらしい。

先日の朝、安曇野を車で走っていたら、霧で覆われて北アルプスが全く見えない中で

松川村に差しかかると有明山と燕岳が見えた。車を止めてあわててシャッターを切った

なぜかこの地域だけから山が見えた。稲刈りを終えた田んぼの向こうの土手の上を

犬を連れて人が歩いていた。安曇野らしい風景だ。

これからこの地方は一雨ごとに寒くなっていく。冬を迎える東北に思いをはせると

震災から7か月を経て、被災にあわれた人々がどの様な気持ちで冬を迎えるかと思うと

心が重い

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霧の中の有明山と燕岳(有明山の左奥

豊かな自然を改めて見つめ直す

2011年10月14日掲載

 

先日、ある晴れた日に安曇野に家を建てられたお客様の住まいのお引き渡し式に参加して来ました。このお宅からは安曇野の田園風景と後方には北アルプスが一望でき、家の中から窓を通して楽しめます。

実は私はこの8月まである会の会長職にありまして、県下各地を飛び歩きました。そんな時気が付いた事は、どこへ行っても県外車が走り回っていることでした。考えてみれば長野県はどこでも観光地なのです。特に今年は安曇野を中心とする松本平はNHK朝ドラの「おひさま」効果で県外車がかなり目につきました。

先日浅間温泉のホテルのオーナーの方に今年の客入りについて聞いたところ、今年は今までのところ大変盛況との事、特におひさまで信州そばのPRをしてくれたことがうれしかったといっておりました。おひさまを見て初めて信州の中信地方を訪れたという方もかなり多いと思います。一過性ではなくこれからも多くの人がこの地に訪れることを願うばかりです。私共も、この地に生を受けここで生まれ育って毎日この平らを飛び歩いているのですが、信州のこの地の素晴らしさを自覚して生活したいものです。

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このお宅と安曇野の風景 常念を望む

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