2010年9月6日掲載
暑い暑いと言っている内に稲刈りの季節となりました。
今年は猛暑の影響で一週間ほど刈り取りが早まるとのこと 又、作柄は平年並みだそうだ。今夏は全国的に酷暑を迎えている。
9月に入っても一向に涼しくならない。気象的には6~8月の県内は、偏西風が平年より北に位置したので太平洋高気圧の張り出しが強く又、大陸からの高気圧の勢力を広げたため、暑くて晴れの日が多くなったとのこと。
松本の平均気温は24.3℃と(平均値より1.9℃と高)で明治以来統計開始以来2位の気温だそうだ。最高気温(35℃)の猛夏日は1日時点で7日間ある。昼間の焼けこみで家で寝る時はクーラーなしでは寝苦しいかも知れない、しかし黄金に色づいた稲穂を見るにつけ秋の気配が感じられる今日この頃です。
皆様方もどうか健康管理に留意されて残されし残暑に備えて下さい。

安曇野にて
2010年8月23日掲載
松本も駅、東地区の昔の名前と言えば電車通り、本町、伊勢町、神明町などで私の若かりし頃は、格安の飲み屋があり夜な夜な遊び歩いた場所である。
何年か前、都市開発で全く新しく生まれ変わりました。私を含む昔を知る人達には思い出の場所が全てなくなり一抹の淋しさがあると思います。
そんな中で仲町だけはお隣の本町、伊勢町が二度に渡る大規模な街づくりをする中にあってその時代としては取り残され状態で昔の姿をとどめていました。
時代の変遷の中で、今日では環境問題を考える意味でも古い物が見直されております。何年か前に古い街並みを生かした都市づくりがされ、歩道を整備したり電線が地中化されたり、住民の人々の協力で新しく建てられる建物も古い街並みに合ったものにされたりした結果、「蔵の町」仲町に生まれ変わりました。
お盆を過ぎた8月22日の日曜日の昼下がり、この町に行ってみました。30℃以上の酷暑の中、多くの人達がこの町を楽しんでおりました。
やはり町全体が木造の蔵づくりで、ゆったりとした雰囲気とそこで営む人々の姿が訪れる人々に癒しを与えてくれるのではないかと思いました。
2010年8月18日掲載
このブログを見ていられる皆様もお盆に関ったと思います。
盆は盂蘭盆(うらぼん)といい、7月15日に祖先の墓に供物をあげて祖先が苦しみをまぬがれる様に祈ります。地方により7月又は8月と違うようですが、長野県は8月に行います。それぞれの菩提寺で行われるお施餓鬼(おせがき)の行事に参加し僧侶により祖先の霊の冥福を祈ってもらいます。
山折哲雄氏はある本の中で次の様なことを書いています。
『日本人にとって祖先とは西欧人にとって神にあたるのではないか、日本人は古くから先祖を祀(まつ)り供養する事を重視してきた。というのも先祖は子孫の幸福を見守り共同体の繁栄を約束するものと信じられてきたからだ。
しかしながらひとたびその祭りと供養を怠るときは先祖は子孫に対して苦難をもたらすものとして怖れられた。祟りをなすとみなされたのである。
日本人はその日常行動の背後にいつも先祖の気配を感じながら生活的習慣を身につけてきた。』
![clip_image002[4] clip_image002[4]](http://www.ksoken.com/columns/wp-content/uploads/clip_image0024_thumb2.jpg)
2010年8月12日掲載
8月7日は立秋です。
二十四節気の一つ(太陽の黄経に従って24等分して季節を示すもの)の、太陽の黄経が135度の時、秋の初め― と広辞苑に載っておりました。
今年の夏は全国的に暑くセ氏40℃前後になった地方もあり、この高原地帯の我々の地方でも35℃以上の日が続きました。そんな時は夜も熱帯夜(セ氏25℃より下がらない)日が続きましたが、我が家はクーラーの設備がない生活をしております。考えてみれば熱帯夜と言ってもほんの数日です。
地球に住む生物は常に太陽の動きに合わせて生かされている事を感じます。
それは立秋の声を聞くと、夜涼しくなり夜明けが遅くなります。
日々刻々と季節が移ろって気候と共に私共の生活の仕方も変えてゆくわけです。
今年は残暑が続くとの予報ですが、暑い夏を楽しみながら、屋外に出て大いに汗をかき、ゆでたての枝豆などをつまみにビールなど楽しみたいものです。
2010年8月10日掲載
古い民家には平面のほぼ中央に大黒柱がありました。
多くの場合は差し鴨居が四方差しとなり、剛に近い接合となり構造上重要な役割を持っていました。
現在の建築は筋違、又は壁を体力面材で覆うため、大黒柱は構造的には意味を持たないが、意匠用として使われている。材種はケヤキなど堅木が好まれてきたが、現在はケヤキの断面が大きくて、長い材がなくなってきたため、外国産が使われているが、それさえなくなりつつある。
大黒柱は家格の象徴とされており柱の上に大黒と夷(えびす)を祀っているところもある。諏訪大社の御柱の様に、神の降臨を仰ぐという様に大きな木を立てるという事は、神に家運の隆盛を願うと共に、そこに住む人々の精神的なよりどころとなったとも考えられる。
先日17世紀後半に建てられた曽根原家(安曇野市 重文)を見学したおり、大黒柱はなかった。持主の曽根原さんの言うには、重要文化財に指定される前いつの時点かで、つけられた大黒柱をはずして創建当時にもどしたとのことでした。大黒柱の起源を次の機会に調べてみたいと思っている。
堀内家玄関に立つ大黒柱 堀内家台所に立つ小黒柱
2010年7月30日掲載
明治初年から20年代にかけて、擬洋風建築(西洋式建築の真似)が全国的に建設された。
これ等の施工をしたのは、地方の場合、日本の在来工法(伝統工法)を行って来た大工棟梁達である。
デザインは西洋風であるが、構造は在来工法である。
彼等は文明開化で西欧風建築の建つ、横浜、東京等に行き学び、見よう見真似で作り上げた。
建築の行われた前半は漆喰系が、後半には下見板張り系が作られた。
松本の旧開智学校は明治5年の建築で漆喰系の代表的な建物である。この地方で有名な立石清重大工棟梁が設計と施工をしている。
西欧的な意匠の融合と建物につけられた透かし彫りの雲形のレリーフやエンジェル像などが面白い。現在は重要文化財となっている。
その建物の前に旧日本カトリック教会司祭館があるが、こちらの方は明治22年の建築でアーリーアメリカン(コロニアル)風で下見板張系である。現存する司祭館では最古のものとか。設計はフランス人神父クレマンである。
それぞれ市内の別の所にあったものを、現在の開智小学校の裏手に移築されている。
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右建物の室内 マントルピース |
2010年7月27日掲載
家を建てる時、まず地鎮祭を行います。
一般的には神主を依頼し、これから家を建てる土地に対して、土地の神を祀って工事の無事を祈願します。
民俗学者の近藤直也氏は、ある本の中でこんな事を言っています。
大和言葉としてのハライは宗教だけにとどまらず、日常生活に於いて身辺を整理する意味や自分が犯した罪に対する代償をはらう意味もあるとのこと。
ハライと
禊(はらう)―(水をあびてみそぎをしてはらう)
禳(はらう)―(祭りをして祈って災いをはらう)
払(はらう)―(物を少しずつ、貨幣をはらう)
などの言葉からもそれがうかがえます。
人生の中で大きな事業を始めるに当たり、家族が心を一つにして事に当たって下さいということではないかと思います。

2010年7月23日掲載
以前京都に行った時、小島冨佐江さんの町家のお宅を見学させていただきました。
その時の話では、京都の祇園祭を迎える前の6~7月に毎年、襖、障子をはずして、簾戸(すど)、簾(すだれ)に替え、畳の上には網代(あじろ)や藤(と)むしろを敷くとのこと。
これは、むし暑い京都の夏を少しでも心地よく過ごすための生活の知恵で、昔はクーラーも扇風機もありませんでしたが、間口が狭く奥行きが長い京都の家に風を通す工夫です。
小島さんの著書「京町家の春夏秋冬」によると、夏の模様替えをされる家はかなり少なくなった様ですが、先達の知恵は今も生きています。網代、藤むしろは足の裏にひんやりと心地よく、簾戸、簾はいかにも涼しげに夏の光をさえぎってくれます。
暑い夏の昼下がり、薄暗いお座敷から簾戸越しに見る夏の庭はとても涼しげです。強い陽射しが細くさえぎられ、緑が透けて見えます。
庭について小島さんは、大変示唆にとんだ事をいっております。
家と庭はバランスをとった一体のものであるべきなのに、自然を貴ぶあまり木を切ることを、とても恐れています。木は、ほおっておけばどんどん伸びていきます。
建物、木、石、すべての要素が一体となって、家を創りあげているのであれば、どれかが飛びぬけるというのは、家そのものの持っているバランスの良さを崩すことにもつながっていくのでは・・・・と。
私共の会社で創る家も、障子の一部を簾にしたり、簾をつけて強い夏の陽をさえぎり、快適に夏を過ごしていただく工夫をしております。
今、公開している長期優良住宅にも採用しております。

2010年7月10日掲載
梅雨時の安曇野を車で走っていた時、ふと麦の黄金(こがね)色(いろ)と稲の緑のコントラストの景色に誘われて車を止めカメラに納めた。
田畑の向こうに有明山が霧の合間から顔を覗かせていた。
麦の取り入れの事を「麦秋」というが、初夏の季節を何故秋と言うか広辞苑を引いたところ、「気象的にも空気が乾いて気持ちが良い陽気という意味で、秋の共通性が多い旧暦四月の旧称」とあった。
私はこの時期空気が乾いて気持ちの良い陽気という見解はどうも納得いかない。
私の見解は大多数の作物は秋の収穫が多いので、秋は収穫を意味する言葉としてつけられた・・・ こんな内容なら理屈っぽい人にも理解されるのかなあと思いました。
皆様の見解はいかがですか?・・・・
2010年6月25日掲載
5月15日のコラムで「松の丸太梁」のことをご紹介したお宅を建てさせていただきました。
本格的な和風の家で、太い大黒柱、また松の梁が磨き(室内に表し)で使われています。
又、差し鴨居(鴨居高さの内法に入る磨き〔化粧〕の桁で、水平力に対して軸組の変形を防ぐ働きをする)が使われており、言うなれば桁を二重にかけている事になり、昔は大きな部屋を囲む部分に使われていました。
この家を建てた棟梁、副棟梁にも写真におさまってもらいました。
完成が楽しみです。その折は又ご紹介いたします。楽しみにしていて下さい。
![clip_image002[4]](http://www.ksoken.com/columns/wp-content/uploads/clip_image0024_thumb1.jpg)